音楽や漫画など、圧倒的な熱量を注ぐ「好きなもの」をおもちの方に、こだわりの住まいをご紹介いただく本企画「趣味と家」。第2回目は「食」と「酒」と「旅」をこよなく愛する文筆家・料理研究家のツレヅレハナコさんが建てた家を紹介します。2020年の春、東京23区内に一軒家を建てたツレヅレハナコさん。21坪の土地に建つ京町家のように細長い家の中には、なんとキッチンが2つあります。「不満がひとつもない」家への愛をじっくり語っていただきました。
※取材は、新型コロナウイルス感染症の予防対策を講じた上で実施しました
私はふだん編集者として働きつつ、ツレヅレハナコという名前で、食べものやお酒にまつわるエッセイを書いたりレシピを紹介したり……といった活動をしています。最近だと『ツレヅレハナコの南の島へ呑みに行こうよ!』(光文社)という、石垣島や奄美大島といった南の島のおいしいお店を紹介する本を出しました。いわゆるガイドブックなのですが、オススメのビーチ紹介などは一切載せておらず、島の食材を活かした個性豊かな料理が食べられるオススメのお店をひたすら紹介しています。
おいしいものにとにかく目がないタイプなので、家を建てるにあたっても「食」と「酒」を楽しめる快適な空間づくりにとことんこだわりました。その代わり、浴室や自室は最低限に。今回はそんな私の家についてお話したいと思います。

- 建築士との偶然の出会いで「賃貸派」から「持ち家派」に
- キッチンを2つつくった理由
- 【1F】自宅で立ち呑みが楽しめる土間リビング
- 【2F】メインキッチンはこだわりのフルオーダー
- 【2F】たくさんある調理器具や食器、調味料のための空間
- 【2F】自分だけではなく“招く人のため”につくられたリビング
- 家づくりで改めて知った「知らなかったことを学ぶ楽しみ」
建築士との偶然の出会いで「賃貸派」から「持ち家派」に
そもそもは、家を建てるつもりなんてまったくありませんでした。当時住んでいたマンションがお気に入りだったこともあり、ずっと賃貸でいいかなとぼんやり思っていたくらいで。でも、たまたまお仕事を通じて知り合った「一級建築士事務所 TsuboYa」の坪谷和彦さんから「今の家賃を今後も払い続けていくことを考えたら、いっそ不動産を持ってしまったほうがいいですよ」と言われて。自分でもうすうす、そのほうがいいんだろうなとは思っていたんですけど、不動産を持つって大変そうだし……と放置してしまっていたんです。
けれど、将来のことを考えてやっぱり不動産を持とうかなと。はじめは中古マンションをリノベーションする方向で考えていたんですが、なかなかピンとくる家がなく……。妥協ばかりした物件に何千万も払いたくないな……と悩む日々が続きました。
そんなときに、坪谷さんから戸建てをつくる、という提案をしてもらったんです。それなら、いっそ思い切ってやってみようかな。何より、何だかおもしろそうだし……ということで、その方にサポートいただきつつ、土地を探して一軒家を建てることになりました。
選んだのは、自分が住むなんて考えたこともない縁もゆかりもない街。でも、いざ住んでみたら街もご近所さんも素敵で、すごく気に入っています。
キッチンを2つつくった理由
わが家でいちばん特徴的なのは、おそらく「キッチンが2つある」ことでしょうか。1階には立ち呑みカウンター付きの小さいキッチン、2階にはクローズドタイプの広いキッチンがあります。
もともとキッチンは2階だけの予定だったのですが、設計図を作成してもらったら思っていたよりも1階のリビングが広くなりそうだったんです。家にお客さんを呼ぶのが好きなので、1階でもお茶を飲んだりしてもらえたらいいな、ポットとか置こうかな……と考えていたら、いっそコンロをつくってもうひとつのキッチンにしちゃえ、となって。
今は新型コロナウイルスの影響であまりお客さんを呼べていないのですが、いずれは1階と2階でそれぞれ違うジャンルの料理人の友達にキッチンを使ってもらって、お客さんが行き来しながら呑めるようなホームパーティーができたら楽しそうだなあ、なんて考えています。
キッチンが2つあるなんて贅沢、という感じかもしれないのですが、私の場合はとにかく「食」と「酒」のためのスペースにこだわると決めていたので。その代わり、ほかの部分はとてもミニマムなんです。浴室はシャワールームだけだし、寝室もベッドを1台入れたらぎりぎりくらいの狭さで、友達にはびっくりされます。おもに仕事で使っている書斎も4畳くらいなんですが、原稿を書くときは狭いほうが集中できるし、逆に気に入っています。
【1F】自宅で立ち呑みが楽しめる土間リビング
ここが家の入口にあたる、1階の玄関ポーチと土間リビング。玄関はガラス張りでかなり開放感があり、そのままだと外から丸見えになってしまうので、柵を設けてポーチの空間をつくりました。柵には鍵が付いていて、防犯的にも安心なんです。
さっきお話ししたとおり、1階のキッチンは立ち呑みカウンター付きです。簡易なキッチンをつくろうと思ったときに、ふと「いずれこの家を会場にして、シェフに料理をしてもらうイベントみたいなこともするかも……」と思って。となると、シンク3つと据え付けの換気扇やコンロなどがないと保健所の許可が通りません。どうせなら今やっちゃえ! と思って、条件に合うよう取り付け、結果的にいつでもイベントが開けるくらいの設備が備わったキッチンになりました(笑)。
リビングを土間の空間にしたのは、個人的に大好きでよく旅している、東北地方のおうちの影響です。最近は土間のある家って減ってきていますが、東北のおうちにお邪魔するとまだ土間があるご家庭が多くて、素敵だなあと思って取り入れました。お客さんが来たときに、立ち呑みカウンターで呑みつつここでリラックスする……みたいな感じで使ってもらえたらうれしいなと想像しています。
1階キッチンのそばにはホシザキの「酒専用」業務用冷蔵庫もあります。ご覧のとおり、居酒屋などでよく見かけるやつですね。これが家にあったらうれしいなと。ガラス張りなので中身も見やすくて、呑んべえにはありがたいです。
【2F】メインキッチンはこだわりのフルオーダー
続いて2階のキッチンは、仕事柄、メインスペースでもあるのでこだわりを詰め込みました。最近はリビングとつながった開放感のあるオープンキッチンが主流だと思うんですが、私は料理するときに集中したいタイプなのでクローズドキッチンが好きで……。仕事でレシピの撮影をするときも、アシスタントさんと同時進行で作業ができるといいなと思い、向かって左側に作業台を備え付けたL字型のクローズドキッチンにしました。
キッチンは「絶対ステンレス!」と決めていたので、ステンレスの加工技術が優れているタニコーさんにフルオーダーしたんです。業務用厨房機器を取り扱うメーカーで、家庭用のオーダーも請け負っています。シンクと作業スペースは私の身長に合わせて高めにつくってもらいつつ、鍋の中身がチェックしやすいようガスレンジは作業スペースより低めにしてもらったり、もともと持っていたゴミ箱がぴったり収納できる設計にしていただいたりと、細かいところまで要望に応えていただいて感激でした。
キッチンの上にはつり戸棚を付けました。手が届く下の段は日常的に使う食器類。上の段は人が来たときにお出ししている食器などを入れています。
そしてこれが、キッチンでいちばんお気に入りの窓。コンロの横に窓があると斜光(サイド光)で立体感や質感が強調されて、コンロの上にあるものがすごく綺麗に見えるんですよ。お湯を沸かしているだけでおいしそうに見えるから、サイド光が入るという条件だけは土地を探す上でも家を建てる上でも、絶対に譲れませんでした。
この窓からは朝昼晩、それぞれに違う光が入ってきてすごくいいです。私は「料理はお皿に盛られたときよりも鍋の中にあるときのほうが綺麗」と思っていて、この景色を見られるのは料理する人だけの特権だなあと思います。
【2F】たくさんある調理器具や食器、調味料のための空間
調理器具と食材がとにかく多い家なので、収納スペースにもこだわりました。キッチンの手前には、パントリーと調理器具・食器の保管スペースがあります。どちらもあえて扉などはつけず、キッチン側からもリビング側からも入りやすいようにしました。パントリーと調理器具の保管スペースのあいだに壁があるのは、壁沿いに物を置けることで収納力がアップするから。人が複数いるときに片側一方通行にすると出入りしやすくなるという構造上のメリットもあります。
パントリーには山ほどある食材や、普段あまり使わない調理器具などを収納しています。物がとにかく多いので、最初はふつうのスチールラックにしようかと思っていたんですが、このスペースにちょうどいい大きさのキャスター付きラックをつくってもらいました。
調理器具・食器の保管スペース側の壁は有孔ボードに。フックを足せばなんでも引っかけられて、すごく便利です!
調理器具は、頑丈さと使いやすさを重視してスチールラックに入れています。ステンレス、鉄など素材別に並べて、普段よく使うものは全部なにがどこにあるか見えるようにしています。家に来た人が料理をつくってくれることも多いので、「あれどこ?」といちいち迷わないで済むよう、出しっぱなしにしておくから自由に使って! というスタイルにしています。
この食器棚は、旅行先の青森のお店でひと目惚れしてどうしても忘れられず、東京に帰ってきてから「やっぱり買わせてください」と電話して手に入れたもの。弘前にある「greenfurniture」という素敵なお店で、店主さんがひとりで古民家の家具をリペアして販売しているんです。もともとは本棚だったため、奥行きがそこまでないのですが、その分食器が取り出しやすくてすごく使いやすいです。
ここには日常的に使う食器や、見ていて楽しい食器を入れています。海外のダイナーで使われているものもあれば、民芸品やアンティーク、作家さんの作品もあって、系統はばらばら。好きなものがいろいろあるので、そのときそのときで素敵だなと感じたものを集めていたらこうなりました。

私は調理器具の中でも特に鍋が大好きなので、普段よく使う鍋やかわいい鍋を置く専用の「鍋棚」をつくりました。鍋は旅に出るたびに買っているんですが、キャリーケースに入らなかったら代わりに洋服を捨てるくらい好きですね(笑)。
モロッコで買ったクスクス用の鍋や、古道具屋さんで買った小学校の給食なんかでよく使われている鍋、ポルトガルのフリーマーケットで買った料理上手なおばあちゃんが生前使っていたという鍋など、本当にいろんな鍋があります。うちの台所にあるもので適当に買ったものはひとつもないと言いきれるくらい、調理器具が好きなんです。
【2F】自分だけではなく“招く人のため”につくられたリビング
14畳ある2階のリビングには、大きなテーブルやテレビ、音楽鑑賞のための機材などを置いています。私もここで映画を見たり音楽を聴いたりしていますが、基本的には自分がくつろぐためだけではなく、来てくれるお客さんのためのスペースだと考えています。
リビングのテーブルは、モンキーポッドという中南米産の大きな木を使った一枚板をベースに、大工さんにつくってもらいました。国産の木にしようか迷いつつ、家の資材にも国産の木材を使っていて、あまり多すぎるとナチュラルな印象になりすぎてしまうかなと思って、ここはすこし格好いいものを選びました。お気に入りかつこだわりのテーブルですが、基本的には人を招いて食事をするときにしか使ってませんね。
家づくりで改めて知った「知らなかったことを学ぶ楽しみ」
最初にも言いましたが、まさか自分が家を建てることになるとは思っていませんでした。注文住宅って、当然ですが電気もガスも自分でどうするか考えなきゃいけないし、マンションなら当たり前にある消火器ひとつだってついていないんですよね……。だから、「本当に必要なものはなんだろう?」「本当に自分が好きなものはなんだろう?」ということを何回も考えないといけなくて、それがすごくストレスになる人もいるだろうなとは正直思います。
ただ、私の場合はそういう決断の一つひとつが本当に楽しかったから、建ててよかったと感じています。もちろん細かな「こうすればよかったかな」はありますが、この家の主役であるキッチン周りはまったく後悔も不満もないし、すごく気に入っています。

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女ひとり、家を建てる :ツレヅレハナコ|河出書房新社
お話を伺った方:ツレヅレハナコ
食と酒と旅を愛する編集者。『女ひとりの夜つまみ』(幻冬舎)、『ツレヅレハナコのホムパにおいでよ!』(小学館)、『ツレヅレハナコの薬味づくしおつまみ帖』(PHP研究所)、『食いしん坊な台所』(河出文庫)など著書多数。
instagram:@turehana1
聞き手・文:生湯葉シホ
写真:関口佳代
編集:はてな編集部