
音楽やマンガなど、圧倒的な熱量を注ぐ「好きなもの」をおもちの方に、こだわりの住まいをご紹介いただく本企画「趣味と家」。第14回目はカメラ沼にハマった結果、撮影スタジオ(白ホリゾントスタジオ)のある家を建てた四谷恒平さんに寄稿いただきました。
「自宅に撮影スタジオをつくる」という事例や情報がほとんどないなか、試行錯誤の末に実現した自宅スタジオ。今では家族の思い出を鮮明に記録できる、かけがえのない空間になったそうです。
こんにちは。システムエンジニア兼アマチュアフォトグラファーをしている四谷恒平といいます。妻と娘と双子の息子、そしてミドリガメの黒さんと暮らしています。
私は2020年3月ごろ、地元である石川県加賀市に「撮影スタジオ」を併設した注文住宅を建てました。


私がカメラにハマったのは今から12年ほど前。還暦を迎える父の姿を少しでも鮮明に残そうと、PENTAX K-rというデジタル一眼レフカメラを買いました。K-rにした理由はボディが白くてオシャレで、価格が安かったからです。

スマートフォンのカメラが高画質化した現在と異なり、2010年当時は最新のiPhone 4の画面解像度が640×960ピクセル、背面カメラが500万画素の時代。いい写真を撮ろうと思うと一眼レフカメラ一択で、実際、その画質にとても感動しました。

と、ここまでならよくあるカメラと出合った話なのですが、飛込競技のような勢いでハマった私は、カメラを買った次の月に新しいレンズを買い、さらに次の月もレンズを買い、結婚が決まったら結納返しでレンズをもらい、カメラは2年ごとに買い換え、第1子の誕生を理由にそれまでより高価なフルサイズセンサーのミラーレス一眼カメラに移行し、三脚沼や照明沼や背景沼や小物沼やカメラバッグ沼に溺れ、最終的に自分の撮影スタジオを建てました。

ここでは、カメラで生計を立てているわけではないアマチュアが撮影スタジオを建ててしまったお話をさせてください。
【目次】
- 「いつでも撮影できる場所があれば……」から生まれたスタジオへの憧れ
- 二度諦めた「スタジオづくり」。しかしなんとか実現!
- ノウハウ皆無のなか、試行錯誤の末「スタジオ」が完成
- カメ専用のプールやスマートホーム化などにもこだわり
- 今後「スタジオ」ではなくなってしまうかも。でも、それでもよい
「いつでも撮影できる場所があれば……」から生まれたスタジオへの憧れ
カメラにハマってから風景や星景、テーブルフォトなどさまざまなジャンルに手を出してきた私が、最終的に落ち着いたのが人物を主体としたポートレート写真。新型コロナウイルス流行前までは、知人に頼まれて撮影をしたり、SNSを通じてモデルさんを募集&撮影したりしていました。

撮影場所は、屋外だったり、スタジオ代わりのレンタルスペースを借りたりしていました。しかし屋外は気温や天候に左右されることが多く、かといって毎回レンタルスペースを借りることも金銭的に難しく、やがて「いつでも撮影できる場所があれば……」とぼんやり思うようになりました。
そんななか、ついにわが家も家を建てることに。私は進学のため上京したものの、就職をきっかけに地元に戻っており、妻とは結婚当初から「いずれ加賀市内で家を建てる」という意見で一致していました。マンション、中古住宅、建売住宅の選択肢が乏しく、家庭をもったら家を建てるか親と同居する事例がほとんどな地域柄、注文住宅という結論に落ち着くのは自然なことでした。
そうして第1子が1歳〜2歳のころに始まった家づくり。間取りを相談するタイミングでインナーガレージを検討していたところ、建築会社からガレージの天井が吹抜けになっているプランを提案されました。
「こんなに天井が高いんだったら、2階部分に床を張ればスタジオがつくれるのでは……?」とひらめいた瞬間、漠然と抱いていた「いつでも撮影できる場所が欲しい」という願望が「ここに自分の撮影スタジオをつくる」という具体的な夢に変わりました。
二度諦めた「スタジオづくり」。しかしなんとか実現!
建築士さんに確認すると「床を張ればスタジオの制作は可能」という返答があり、私のスタジオづくりがスタートしました。
まずはスタジオポートレートの撮影講座に参加するため東京へ遠征し、どのようなスタジオでどんな機材が使われているかを視察しました。ほかにも商業スタジオを紹介するSNSアカウントをフォローし、世の中のスタジオをひたすらリサーチしたり、劇団が使い終えたセットや小道具を安く買えないか探したり。テレビを視聴する際は、背景のセットばかり見るようになりました。夢が少しずつ形になる、とても楽しい時間でした。

しかし、住宅全体の仕様が固まり建設費用を見積もったところ、当初予算を1500万円もオーバーしていることが判明。夫婦ともども愕然(がくぜん)としました。見積もりの内訳を精査したら単純に床面積が広過ぎたため、インナーガレージは諦めることに。当然その上につくる予定だったスタジオ計画も、見た内容が思い出せない夢のように消えてしまいました……。
家の中にスタジオをつくるのは難しくとも、中古のユニットハウス(プレハブ工法の一種で建てられる箱形の建築物)を庭に置けば予算内でスタジオを建てられるのでは……?とも思い見積もりを取りましたが、いくら中古でも電気を通しトイレをつければローコスト住宅並の価格になることが判明。加えて垂直積雪量の制限の条件を満たせず、完全に行き詰まりました。
二度の「不可能」をたたきつけられて心が折れ、建築士さんとの打ち合わせも最終局面を迎えたころ。予算に収まる床面積のなかでリビング、ダイニング、バス、トイレ、寝室、子ども部屋×2と必要不可欠な空間が無駄なく詰め込まれ……。最後の最後に、1階玄関の隣に空きスペースが生まれました。
「せっかくスペースが余ったので、ここを書斎にするのはどうでしょうか?」
そう促され図面を見ると、書斎(仮)の寸法は3640mm×4095mm(柱-柱間)でした。4mあれば50mmレンズで身長180cmの人物の全身が収まります。いけるかもしれない……。でもアマチュアの自分がなぜここまでスタジオを持つことに固執するのだろうか。“普通の夢のマイホーム”のほうが何かと便利だし、特殊仕様はリセールバリューを損なう。これは「夢」じゃなくて「呪い」ではないのか……。
「いや、書斎はいらないので、ここをスタジオにしてください」
ノウハウ皆無のなか、試行錯誤の末「スタジオ」が完成
こうして自宅撮影スタジオのオーナーとなった私。まずはスタジオの様子をご紹介します。



スペックは以下のとおり。
- 種別:白ホリゾントスタジオ
- 寸法:3640mm×4095mm(柱-柱間)
- 面積:14.906㎡(9畳)
- スタジオ高さ:2800mm
- ホリゾントR寸法:直径300mm
そしてこのスタジオで撮影した写真がこちらです。



スタジオは白ホリ仕様にしました。白ホリとは「白ホリゾント」の略称で、壁と床の境目が曲面のアールになった白一色のスタジオの仕様のこと。壁と床の境界が写らないため、モデル撮影や商品撮影などに適しています。

さて、スタジオをつくることは決まっても、普通の建築会社にそんなノウハウはないので、仕様や機材などは自分で考案しなければなりません。しかし入念に調べても、当時、撮影スタジオのつくり方に関する情報はほとんどありませんでした。そもそも普通の住居にスタジオをつくった事例が見つかりません。
そんなときたまたま、広告写真に特化した専門誌『COMMERCIAL PHOTO』(2019年8月号)の白ホリスタジオ特集を発見。白ホリスタジオの施工工程も紹介されており、そちらを参考にスタジオづくりを進めました。記事の一部はこちらでも見ることができます。

上図はホリゾントのアール部分を施工する様子です。アール部分の寸法は直径300mmを指定し、建築会社に施工をお願いしました。アール部分は曲面なので立ったり物を置いたりすることはできません。つまりアール寸法が大きくなるほどスタジオが狭くなるのですが、小さいと境目が写ってしまいます。
商業スタジオでは直径600mm~900mmが一般的だそうですが、9畳の部屋でそれだけの寸法は取れません。結局、直径300mmなら何かあってもレタッチ(画像編集)で補えると判断。今のところ大きな支障は出ていません。

ビス穴や段差をパテで埋め、下地(プライマー)を塗り、最後に白ホリ専用ペンキで塗装します。クロスや普通の塗料だと壁に反射した光の色が変わってしまうのですが、専用塗料はその変化を抑えることができます。ちなみにうちのスタジオは関西ペイントの「SW20」を使用しています。

最初の塗装は建築会社が塗ってくれましたが、硬いものが擦れただけで跡がつくため、定期的な塗り直しが必須です。そのためワックスを塗ったり、デメリットはありつつもメンテナンスコスト削減であえてクロス張りにする白ホリスタジオもあるようです。

背景紙は4種類までつけられます。中国製の背景紙ホルダーをAmazonで買って施主支給し、間隔寸法を指定して取り付けてもらいました。

蜷川実花さんの写真に影響され、壁の一面はフラワーウォールにしました。

フラワーウォールはアリエクスプレスで中国から個人輸入し、自分でビス固定。新居の引き渡し後、すぐ壁にビスを打つのは少し勇気がいりました。

天井には照明用のレールを取り付け、パンタグラフ方式の装置でLEDやモノブロックストロボ(照明機材)をつり下げています。電源は天井の中央にコンセントをつけました。レールを動かしたときにケーブルが引っ張られることを考慮し、抜け止め仕様になっています。電源ケーブルが床にないのでスッキリしており、子どもが足を引っかける不安もありません。

室内でポートレートを撮ったことがある方はご存じだと思いますが、アングルによっては意図せず天井が写り込んでしまう場合があります。商業スタジオの天井高さは3m~5mほどもあるのですが、一般住宅でそれだけの天井高さを取るのは通常困難です。
ではどうしたかというと、床を張らないことで2800mmの天井高を確保しました。床の工事費が浮いた分は、ホリゾントのアール施工に充てました。

ちなみにスタジオは1階の玄関横にあるため、人を招いて撮影するときも家族のプライベート空間の導線と切り離せています。このメリットはコロナ禍で非常に大きくなりました。
思いどおりの仕様にしたスタジオですが、宙に浮いた床の工事費と当初見積もっていた内装工事費のなかに収まり、なんと追加費用なしで建設できました。これだけ自由にスタジオをつくることを許してくれた妻には感謝しかありません。
カメ専用のプールやスマートホーム化などにもこだわり
スタジオ以外にもたくさんのこだわりを詰め込みました。
わが家は2階建て。1階にスタジオと子ども部屋×2、トイレ、2階にキッチン、ダイニング、リビング、浴室、寝室があります。都心では珍しくない2階リビングですが、採光や周囲の視線がそこまで気にならないわが家が導入したきっかけは、建築士さんの提案でした。

というのもわが家の構造上、1階にリビングを配置すると部屋の中央に柱を立てる必要があり、広い空間が確保できなかったのです。また1階の部屋数が多いほど壁と柱を増やせて強度の面でも有利。
そうして選んだ2階リビングは、もともと土地が高台にあることから見晴らしが非常によく、空の写真もきれいに撮れますし、春は桜並木を見下ろせます。

結果として満足しているのですが、設計時に懸念していたのが「カメの水槽の清掃」。うちの家族には、妻が独身時代から飼育しているミドリガメの「黒さん」がいます。

リビングなど家族が集う場所に水槽を置いてあげたいですが、水槽の清掃は大がかりなので外でしたい。でも2階リビングから水槽を持って移動するのは大変。野生動物がいる積雪地帯で変温動物のカメを外飼いするのはもっと困難……。
悩んだ末、2階リビングのデッドスペースに黒さん専用のプールを造作しました。

わが家はLDKの中央にリビングイン階段があり、ダイニングとリビングが振り分けられている少し変わった間取りになっています。もともとダイニングとリビングの間、階段の天井部分にどうしても有効活用できないほぼ正方形の空間があったため、そこを黒さんのスペースにしたのです。

カメの推定寿命は15年~20年なので専用設備を制作してもいいと判断しました。何より私だけ趣味全開でスタジオを建てていますので、妻にも何かしないと……という気持ちがありました。

水栓を抜くだけで汚れた水を流せるので、毎週の清掃がとても楽になりました。おそらく前例がないであろう奇妙なオーダーを受けた工務担当者の方は少し楽しそうで、エンジニア魂を感じました。
ちなみに妻は現役デザイナーのため、内装などデザイン面のプランニングで力を発揮してくれて、とてもおしゃれに仕上がりました。



私はというと、ネットワークやスマートホームの整備を担当。リビングとダイニングの壁スイッチを食器棚の上に集約し、アレクサの音声操作で照明や家電が操作できるようにしました。


赤ちゃんを抱っこしながら声でテレビをつけ、チャンネルを子ども番組に変え、眠そうになれば音量を下げることができるなど非常に便利で、育児の負担軽減に効果的でした。
今後「スタジオ」ではなくなってしまうかも。でも、それでもよい

自宅スタジオの完成後はいつでも照明機材を使って撮影の練習ができるようになり、以前よりも写真のバリエーションが増えました。また、スタジオの完成とほぼ同時期にコロナ禍に突入したため、SNSを通じたポートレート撮影など当初予定していた用途は激減しましたが、代わりに家族写真を撮ることが増えました。

お気に入りの衣装を着てカメラの前ではしゃぐ娘を見ると、スタジオを建てて良かったと思います。
そして、写真や動画をより良い形で残すことは、広義の資産形成と考えるようになりました。写真と動画は変化と忘却と時の流れにあらがいうる、人間の画期的な発明だと思います。

一方で、家には子ども部屋が2つしかないにもかかわらず、自宅の竣工1年後に双子が生まれました。「子どもにはそれぞれ個室を」と考えての2室だったのですが、いきなり想定外です。
考えた末、時が来たらスタジオを子ども部屋にリフォームすることに。こだわりの末に実現した自宅スタジオですが、今は子どもたちの姿を残し、時が来れば場所を明け渡すのが役目だと思うようになりました。

夢はかなってもかなわなくても続きがあります。生きている限り夢の続きを見なければなりません。家も家族も変わっていきます。
もしスタジオを持ち続けることに固執したら、家や家族と共に変わることを拒絶したら、それこそ「夢」ではなく「呪い」になってしまいます。

その瞬間が変わらぬまま残せるのは写真の特権であり、だからこそ写真は素晴らしいのだと私は思います。自宅スタジオの役目を終えるそのときまでたくさんの思い出を写真に残し、スタジオを手放したあとも変わらずカメラ沼にハマっていることが私の次の夢です。
🏠 いろんな「趣味と家」🏠
● “ゲーム御殿”でゲームに囲まれた生活を
● 「土間」があれば趣味が捗るゾ
● やっぱり、憧れの「シアタールーム」
編集:はてな編集部