自宅と仕事場を兼ねているケースが多い、小説家や漫画家、美術家など作家の家。生活の場であり、創作の場でもある家にはどんなこだわりが詰まっているのでしょう。
第5回はドラマーで音楽プロデューサーとしても知られる・mabanua(マバヌア)さんの自宅兼スタジオを紹介します。
よりよい制作環境を求め、2012年に東京から群馬へ移住したmabanuaさん。2019年にはプライベートスタジオ併設の自宅を建てました。音響にこだわり抜いた最高の仕事場を手に入れたことで、より楽曲制作に没頭できるようになったといいます。
※取材は、新型コロナウイルス感染症の予防対策を講じた上で実施しました
「防音」と「良質な音の響き」の両立を目指した音楽スタジオ
ドラマー、プロデューサー、ビートメーカー、シンガーと、マルチに活動するmabanuaさん。これまで矢野顕子さんやCharaさん、星野源さん、米津玄師さん、Official髭男dismなど、幅広いアーティストの楽曲で演奏、アレンジ、プロデュースを手掛けてきました。

2020年以降に発表された“音”の全てを生み出しているのが、このプライベート音楽スタジオ。群馬県の自宅内に設けたこの空間には、mabanuaさんの音づくりへのこだわりが詰まっています。
例えば、「防音」について。妻と2人の子どもと暮らす自宅の中につくったスタジオのため、音漏れ対策は必須ですが、防音をしすぎても音の「質」が悪くなってしまう。そのため「防音」と「音響」の“ちょうどいいバランス”を模索しながら、スタジオづくりを進めたそうです。
「 最も防音性に優れているのはコンクリートの壁ですが、音響という点で考えると、出た音が外に逃げず、全て室内に跳ね返ってきてしまうため不利な点が多いんです。心地よく音を響かせるには、ある程度は音漏れをさせる、つまり余分な音を外に逃すことも必要。
そのため、このスタジオはあえて70%くらいの防音率にしました。ここでドラムをたたくと、隣のリビングにはかすかに音が聴こえるくらいです 」

さらに、壁と天井を覆う木の材質、そして張り方にもこだわりました。
「 木の質感は音に大きく影響します。硬い木だと硬い音で跳ね返ってきますし、柔らかい木なら柔らかい音で跳ね返ってくる。その間をとって、ここの壁には栂(つが)という、硬すぎず柔らかすぎない木材を使用しています。
張り方もポイントで、一つひとつの板を平行に張ると、そのまま真っ直ぐに反射した音同士が正面衝突し“濁って”しまうんです。そこで、一枚ずつ斜めにずらすように張っていくことで音を乱反射させ、濁りをなくしました。コンサートホールなどの壁も同じような施工をしているんですよ 」

ここまで音響を重視するのは、プロデュースだけでなくミュージシャンとしての顔ももつmabanuaさんならでは。ドラム、ピアノ、ギター、ベースなど、あらゆる楽器を自ら演奏するからこそ、その響き方を入念にチェックし、妥協することなくベストな音楽環境をつくりあげていきました。
「音の響き方は、音楽スタジオよりオーディオルームに近いですね。一般的なスタジオと比べると音が響きやすいので、余計な力を使わずに演奏できますし、楽器本来の音を聴くことができます。エンジニアが使うスタジオであれば、おそらくもっと吸音を重視したつくりになると思いますが、ミュージシャンとしては『気持ちよく演奏できること』も大事なポイントですから 」

音へのこだわりはほかにも。例えば、スタジオ内は住居部分よりも基礎を高くし、コンクリートの上からフローリングを“直張り”しています。これにより「音が引き締まる」そう。
「 低音は下に“たまる”ので、通常の住居のように基礎の上に土台、床材などを重ねると、音が揺れてしまう。コンクリートの上から直にフローリングを張ることによって、そこで音が止まり、余計なノイズがなくなるんです。コンクリートに直張りなので湿気が心配でしたが、今のところは大丈夫ですね 」
細部にまで工夫が凝らされた、理想のスタジオ。ここへたどり着くまでには、数カ月にわたる試行錯誤があったといいます。やり直しがきくギリギリのタイミングまで何度も現地を訪れ、実際にドラムをたたいて音を確かめながら微調整を重ねていったのだとか。
「 完成してから『ちょっと違うな……』となるのは最悪なので(笑)。結果的に満足のいくものができましたが、構造的に、スタジオ部分の仕様が決まらないと住居部分の工事を始められなくて、けっこう大変でしたね。妻にお尻をたたかれながら進めていきました 」
群馬に移住・家を建てたからこそ実現した、理想的な音楽スタジオ
東京で活動していたころは、賃貸マンションの部屋に自らの手で防音対策を施していたそう。しかしあくまで“最低限”の対策のため、大きな音は出せず、ヘッドフォンをつけた状態で音づくりをするしかありませんでした。
「 ヘッドフォンは細かい音まで拾える一方で、作業が長時間に及ぶと体の疲労とストレスがどんどん蓄積されていきます。心身に負担をかけないためにも、基本的にはスピーカーで音を聴き、最後のチェックでヘッドフォンを使うのがベストなのですが、東京の住環境ではなかなか難しかったですね 」

また東京での音づくりは“騒音”との闘いでもあったため、よりよい制作環境を求め群馬へ移住。仕事が軌道に乗ったことで、ずっと夢見ていた「プライベートスタジオの実現」が現実的な目標へと変わっていったそうです。
家族と過ごす時間や仕事以外の“生活”も大事にしたいmabanuaさんは、独立したスタジオではなく、自宅の中にスタジオをつくることを選択しました。
「 義理の姉夫婦が地元の建築会社で注文住宅を建てていて、大工さんの腕もよく信頼できる会社ということで、僕らもお願いすることにしました。
『スタジオ付きの家を建てたい』なんて、めんどうな客だと思われても仕方ないのに、その会社の方はむしろ面白がってくれたんです。実際、さまざまな要望に対しても前向きに取り組んでくれて、本当にありがたかったですね 」
とはいえ、そんな腕利きの職人たちも「音楽スタジオ付き住宅」は未経験で、専門知識やノウハウはありませんでした。そこで、スタジオ部分については、知人のレコーディングエンジニアの知見を借りることに。
「 特にお世話になったのが、レコーディングエンジニアの古賀健一さん。スタジオの音響に関するありとあらゆるノウハウを一つひとつ教えてもらい、時には現場にも足を運んでくれて具体的なアドバイスをいただきました 」
音響のことを知り尽くす専門家と、家づくりのプロフェッショナルが力を合わせてつくり上げた空間は、プライベートスタジオの域を大きく超えたクオリティに仕上がりました。
「 都内で音楽スタジオ付きの戸建てを手に入れるのはコスト的に難しいですし、かといってマンションを無理にリノベーションしてスタジオをつくろうとすると、居住スペースがどんどん狭くなり、施工費も膨らんでしまう。群馬だからこそ、予算の範囲内でやりたいことができました 」

巨大な屋根裏倉庫を活用し、居住スペースはスッキリと
そうして完成した音楽スタジオ付きの自宅。家の中央にある音楽スタジオを取り囲むように、LDKや寝室、子ども部屋などが配置されています。
居住スペースに目を向けると、こちらは珪藻土の白い壁と木材を基調とした、清潔感・開放感にあふれる空間。シンプルで美しいリビングはスッキリと整理整頓されていて、几帳面な夫婦の性格がよく表れています。

「 居住スペースについては大まかなレイアウトを僕が、建材やインテリアなどは主に妻が決めました。デザインやインテリアに関しては妻のセンスを信用しているので、基本的に口を出していません。逆に、たまに僕が提案しても、却下されることが多いですね(笑) 」


スタジオも生活空間も、全て1階に集中しているmabanuaさん邸。2階はほぼ“屋根裏”で、巨大な倉庫としてスタジオに入りきらない音楽機材や普段は使わない生活用品を収納しているそう。そのおかげで、幼い子どもを含む家族4人暮らしとは思えないほどスッキリと洗練された空間をキープしています。
「 基本的に、居住スペースにはなるべく物を置きたくなくて。ほかではなかなか見かけない、かなり変わった間取りになっていると思います。このあたりのプランニングは、全て自分たちで考えました。
建築士さんやデザイナーさんに設計をお願いすればもっとカッコいい家になったのかもしれませんが、予算が限られていましたし、自分たちで考えたほうが家に対する愛着も湧くと思って。仮に多少失敗したとしても、納得して気持ちよく暮らせるかなと 」


この家でなら、心の余裕を失わずに、良い音楽をつくり続けられる
自宅&プライベートスタジオ完成後、東京へ行く機会が以前より減ったと話すmabanuaさん。今もクライアントや仕事仲間の多くは東京にいますが、ライブよりも楽曲制作が中心のため、大きな支障はないのだそう。むしろ、都会から遠く離れた場所で音楽に没頭できる現在の環境と働き方は、理想に近い形だといいます。
「 もともと群馬に来たのは、腰を据えて音楽に専念するためでもありました。東京で暮らしていた当時は、音楽活動をしながらまだアルバイトもしていたので、自ら尻に火をつけるような気持ちで移住したんです。
もしかしたら、東京を離れることで失った仕事もあるのかもしれません。でも、自分のアレンジやプロデュースが本当に評価されていれば、どこにいようが関係なくオファーしてもらえるはず。群馬移住は『音楽業界のメイン拠点である東京から離れていても求めてもらえる、会いにきてもらえるような仕事をし続けよう』という決意表明でもあるんです 」

一方で、東京から離れたことでより東京が好きになったともいいます。東京にしかないお店やカルチャーやモノの豊かさ、華やかさには、今でもワクワクと大きな魅力を感じているそう。
「 でも、僕はそもそも、そんなにキャパが大きい人間ではないんです。1日に接することができる人の数、一度に抱え込める仕事の量はわりと少ないほうで、それを超えると体調が悪くなってしまいます。そういう意味でも、ここでの暮らしや働き方は、自分にぴったり合っていると感じますね。日常ですれ違う人の数も、ちょうどいいんですよ 」

「 今ってもう、ほかの人より忙しいこと、多くの仕事をすることがステータスになる時代ではないと思うんです。大事なのは、量よりも内容。無難な仕事を1カ月に30個やるより、たとえ月に2〜3個でも、うんと良い仕事をしたほうが依頼してくれた人も喜ぶし、自分の将来にとってもプラスになるはず。
特に、僕の場合はつくった音が、そのアーティストにとって一生の作品となる。そう考えると、強い責任感を持って一つひとつの仕事に取り組まないといけないと思うんです。だからこそ自分のキャパを超えないよう、常に心の余裕をもてるこの場所とこの家で音づくりに向き合っていきたいですね 」
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お話を伺った方:mabanuaさん
ドラマー、プロデューサー、ビートメーカー、シンガーなど、幅広く活躍する音楽家。多数のアーティストをサポートし、これまでに200曲以上のアレンジやプロデュースを手掛け、数々のTVCMや劇伴も担当。バンド「Ovall」のドラマーとしての活動のほか、ビートメイカーBudamunkとのユニット「Green Butter」、タブラ奏者 U-zhaanと組んだ「U-zhaan × mabanua」、ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文のソロプロジェクト「Gotch BAND」のメンバーとジャンルレスに活躍中。
聞き手・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:関口佳代
編集:はてな編集部
※2022年12月7日、自宅スタジオの防音性に関する説明を修正いたしました。