
映画化・ドラマ化もされたベストセラー小説『いま、会いにゆきます』などで知られる小説家・市川拓司さんのご自宅を訪ねました。
埼玉県に一戸建てを建てた市川さん。植物が大好きで、大量の植物を育てることを想定しサンルームを設置しました。家の中は自ら育てた無数の植物で埋め尽くされています。
そのほかにも、ガラス細工やアクアリウム、自作のおもちゃなど、自分の大好きなものだけに囲まれた空間で「ゴージャスな引きこもり生活」を送っているそう。
自宅と仕事場を兼ねているケースが多い、小説家や漫画家、美術家など作家の家。生活の場であり、創作の場でもある家にはどんなこだわりが詰まっているのでしょう。その暮らしぶりや創作風景を拝見する連載「作家と家」第8回です。

植物に“まみれて”暮らしたかった
埼玉県の住宅街にある市川拓司さんの自宅兼仕事場。市川さんが小説家デビューして5年目の2007年に建てられました。
ここはもともと夫婦二人で10年以上住んでいたアパートがあった場所。取り壊されることになり、マンションを購入して引越すことも検討していましたが、なかなか気に入った物件が見つからず。迷っているタイミングでアパートの大家さんから「良かったら土地を買いませんか」と提案があったといいます。
「 土地の広さが100坪あり、価格も相応に高かったんですが、ちょうどそのころは『いま、会いにゆきます』(2003年刊行、小学館)が売れた後のタイミングで。持て余すかなと思ったんだけど、何かの運命だなと思って家を建てることにしました 」
そうして、市川さんご夫妻とお子さん、そして市川さんのお父さんが暮らす二世帯住宅が完成。メインはLDKに隣接したサンルームで、まるでジャングルのような空間が広がっています。

「 もともと植物が大好きで、植物に『囲まれる』んじゃなくて『まみれて』暮らしたいと思っていたんですよ。以前に住んでいたアパートには十分なスペースがなかったので、この家は最初から、大量の植物を置いて育てることを想定してつくりました 」

「 もうひとつ好きなのが「ガラス」。本当はリビング全体をガラスで囲みたかったんですが、設計士に伝えたら『夏場の暑さ、地獄だよ』と。結局、サンルームの天井だけガラス張りにしつつ、それでも夏はすごく暑くなるから、3重の引き戸でリビングとサンルームを仕切れるようにもしました。もはや植物が増えすぎてしまって戸が閉まらないんですけどね 」

サンルームの奥には庭があり、妻が手掛ける多様なバラのゾーンが。さらに奥には、2mもの高い木製フェンスにつる性植物が繁茂しています。
サンルームを含め、この3つが外の世界と家の中を隔絶する“レイヤー”となり、深い森の中のような空間になったといいます。
「 僕は“閉じた人間”なので、外から見られるのも嫌だし、通りを歩く人を見るのも嫌。ここは人通りが多い場所じゃないけど、それでも外部の誰かの気配を感じると『深い森にいる感』が薄れてしまう。外構の柵を高くつくってもらったのも、森の一番奥にいる感覚で過ごしたかったからです。外から見ると、要塞(ようさい)みたいになっちゃったけどね 」


市川さんいわく、ここは「命が生まれ、育まれる住まい」。植物が芽吹き、生き生きと育つための環境と、管理のしやすさを両立する工夫が随所に凝らされています。
植物の水やりや鉢の移動などで床がぬれやすいため、サンルームにはぬれに強い石の床材を使用。

リビングも水気に強いチークの床材を採用しており、築17年が経過した今も、特に床板が変形することなく良好な状態を保っています。
「 チーク材はヨットのデッキ部分にも使われるくらい、水気に強い素材らしくて。おかげであまり神経質にならず水を扱えます。ヤスリがけなどの特別なメンテナンスもしていません。ぬれたままにしておくとシミはできるけど、それは経年変化の一つだと思っています 」


作家らしからぬ書斎でものづくりに没頭
リビングそばの書斎は、市川さんの仕事場。ここもまた、かなり特徴的です。

書斎をつくるにあたり、設計士にリクエストしたのは「狭くしてほしい」だったそう。
「 巣穴に暮らしたいという願望があるんですよね。子どものころも、押し入れ大好き少年でしたから。樹海みたいな空間が好きというのも同じ理由。ある程度、閉鎖された空間にこもっていると、守られているような安心感を覚えるのだと思います。ただ、空間自体は狭くていいんだけど、机と棚は横に長くつくってもらいました。きっと物が増えていくだろうなという予感があったので 」
実際に増えたのは、小説を執筆するための道具や資料の類ではなく植物育成用の水槽やビーカー、ピンセット。あるいは、おもちゃをつくるための工具など。机の上は本職に全く関係ない物たちで埋め尽くされています。

「 今はここで小説を書くよりも、植物を育てたり、菌を培養したり、ほかにやることがたくさんある。植物を照らすライトみたいな細々したものや、おもちゃなんかもここでつくります。ほぼ毎日、何かしらをハンダ付けしていますね(笑) 」

書斎で何かをつくっていると、時間を忘れて没頭してしまうという市川さん。体力があれば、何十時間でもやっていられるくらい、楽しくてたまらないのだとか。
「 特に楽しいのは『転がりおもちゃ』をつくっているときです。5歳から始めて50年以上続けているけど、全く飽きない。小説もそうだけど、やはり僕の本分はものをつくること、何かを生み出すことなんでしょうね 」

ちなみに、書斎の壁には小さな「小窓」が。アパート時代はキッチンで執筆しながら夫婦で過ごしていたため、この家でも同じようにキッチンにいる家族と直接コミュニケーションできるようにしたそうです。

ストレスのない「ゴージャスな引きこもり生活」
植物の育成やものづくりのほかにも、市川さんにとって欠かせないライフワークがあります。それは軽いジョギングのペースで「家の中を走る」こと。朝起きてすぐ、執筆の合間、夕暮れどき、さまざまなタイミングで自宅内を回遊するのだそうです。
「 『私小説』(朝日新聞出版)という本では“インターバル式執筆法”と名付けましたが、小説を書くときは数分執筆をして、数分走るということを繰り返しています。それとは別に、朝や夕方にも走る。外に出ることもあるけど、大抵は家の中ですね。多いときだと1日2万歩くらい 」

市川さんにとって走ることは「脳を興奮から解放するための作業」でもあるといいます。
「 僕の脳は過敏で、ひどく興奮しやすくできています。特に、小説を書いているときはドーパミンやアドレナリンなどが出ているようで、発散したくなる。だから何かを発散するために、無意識に走っています。
妻が家にいないときは、部屋の電気を消して目を閉じ、イヤホンで音楽を聴きながら走ることもあります。いつも決まったコースなので、目を閉じていても何かにぶつかったりはしません。すると、次第にゾーンに入るというか、脳が半分だけ覚醒しているような状態になる。瞑想(めいそう)に近いと思います。それはそれで、とてつもなく気持ちよくて。これは家の中を走れる者だけの特権かもしれませんね 」


市川さんは40代のころに、アスペルガー症候群とADHD(注意欠如・多動症)の特徴を多く抱えると診断されています。体も丈夫なほうではなく、若い頃は特に、体調を崩しやすかったり、疲れやすかったりしたそうです。
しかし、それもこの家で長く暮らすうちに、少しずつ改善されてきているといいます。
「 僕の障害は、現代の医学をもってしても未知の部分が多い。脳の神経繊維そのものの構造が普通の人とは違うらしくて、完璧な健康体にはなかなかなれません。ただ、少なくとも昔ほどひどい状態ではなくなってきています。
それはおそらく、今の生活がほぼノーストレスだから。わりと清く正しい生活を送っているし、植物に囲まれたり、水に触れていたり、美しいものだけを見ている。それを僕は『ゴージャスな引きこもり』って言ってるんだけど、ずっと家の中にいて己の欲求だけ満たしていれば、おのずと健康になっていくんじゃないかな 」




頭の中を具現化した家そのものが「一番の作品」
部屋は住む人の心の状態を映す鏡といわれますが、まさにこの住まいには市川さんのユニークな特性、キャラクターがそのまま表れています。
「 小説も同じなんですよ。僕は書きたいことがまず、頭の中に映像として浮かぶタイプなんですけど。そこにあるのは、まさにこの家みたいな風景。自分が妻と過ごしていたい空間とかつくりたいものをそのまま文章で起こしているだけなんです。『いま、会いにゆきます』もそうだし、その後に書いた短編も全部そう。
そういう意味では、僕の頭の中を具現化したこの家そのものが、一番の作品といえるかもしれませんね 」

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お話を伺った人:市川拓司さん
1962年東京生まれ。獨協大学卒。1997年からインターネット上で小説を発表。2003年発表の『いま、会いにゆきます』(小学館)は映画化・テレビドラマ化され、文庫と合わせて140万部を超える大ベストセラーとなり、恋愛小説の旗手として支持される。
X (旧Twitter):@takuji_ichikawa ブログ:doorinto聞き手・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:関口佳代
編集:はてな編集部