自宅と仕事場を兼ねているケースが多い、小説家や漫画家、美術家など作家の家。生活の場であり、創作の場でもある家にはどんなこだわりが詰まっているのでしょう。
『会長はメイド様!』『月島くんの殺し方』など多くのヒット作を手掛ける漫画家の藤原ヒロさんのご自宅を訪ねました。2023年5月、京都府 に2階建ての自宅を新築した藤原さん。1階には漫画を描くアトリエと、夫が営むレコードと本のショップがあります。そして、夫婦の職住が一体化したこの店舗兼住宅には、愛する猫と、心を癒す植物とともに暮らしてゆくための、さまざまな工夫があったのです。
自宅で作品を生みだす作家の家は、どうやって課題を解決し、どのようにしてこだわりを実現したのでしょう。作家の暮らしぶりや創作風景を拝見する連載「作家と家」第10回です。


土地面積 145.24㎡、延床面積 137.20㎡
【目次】
- 「植物園が身近にある」それが土地選びの決定打だった
- 戸建て建築の知識がない自分に強い味方が現れた
- ベランダではなく「サンルーム」で植物を育てたい
- 漫画家生活に潤いを与えてくれた猫との出会い
- キャットウォークありきで家を設計した
- 執筆に必要なのは集中力。だから仕事部屋はあえて狭くした
- 天井からハンモックを吊るした切実な理由
- レコード店を営む夫との共同生活に必要な「1枚の壁」
- 和室のゲストルームにも変身する自由度が高いLDK
- 「家に何を求めるか」。1年かけて自分と向き合った
「植物園が身近にある」それが土地選びの決定打だった

ここは京都。2023年5月、漫画家の藤原ヒロさんは閑静な住宅街に土地を購入し、自宅を建てました。新天地を決めた理由の一つには、ある施設の存在があったといいます。
「植物園 が徒歩圏内にあって、のんびりと散歩できる。それは私にとってとても重要なポイントでした。 植物が身近にあるかどうかは、私が生きていくうえでとても大事なことなんです 」
藤原さんは「山林が町の約8割を占める」という緑豊かな兵庫県の神河町出身。京都精華大学へ進学したのが、京都に縁ができたきっかけです。
「漫画家になりたいけれど、『大学は出てほしい』という親の希望もあった当時、担任の教師に、マンガ学部が日本で初めてできた頃の京都精華大学を勧められました 」
大学卒業後はいったん兵庫の実家へ帰って漫画を描いていた藤原さん。初めて単行本を出した頃、『もう、一人暮らしでもやっていけるぞ』と、再び大学時代の友人が多くいる京都へやってきました。
「 最初は家賃が手頃で利便性の高い住宅街で一人暮らし用物件を借りました。次に、アシスタントさんが増えたタイミングで近くのファミリー用物件へ移り、完全に仕事が軌道に乗ってから、やっと観光客が多い繁華街にマンションを買ったんです。
繁華街を選んだのは『若いうちしか住みたいと思わないだろうから今、住んでおく』という感じでした 」
繁華街での一人暮らしは、森林や高原を身近な光景として育った藤原さんにとって、自分の原点を見つめなおす経験でもあったのです。

戸建て建築の知識がない自分に強い味方が現れた
土地を決め、藤原さんが次に行ったのが「スーモカウンター 四条烏丸SUINA室町店」へ の問い合わせでした。
「 これまでずっとマンションを転々とし、オーダーメードマンションの設計から関わった経験もあったのですが、一戸建てを築くのは初めて。建築事務所だったり、工務店だったり、たくさんある中で何が違うのかなど、知識がまったくなかったんです。
『建物をどこに任せようか』と悩んでいたら、夫がインターネットで『スーモカウンターなるものがある』と調べてくれて 」
そうして藤原さんはスーモカウンターに相談をし、紹介された中から、注文住宅建築のパートナーとなる会社を決めました。
「 スーモカウンターの担当者さんがさまざまなメーカーとの打ち合わせをセッティングしてくださったのですが、依頼を決めた会社は最初に要望を伝えると、すみやかに対応してくださいまして。『よし、ここに決めよう』と直感が働いて、お願いすることにしました。物事がとにかく早く進んで、時間の無駄がないのが助かりましたね 」
ベランダではなく「サンルーム」で植物を育てたい
藤原さんが施工の際に強く希望したのが、「植物と暮らせる家づくりをしたい」。
藤原さんが自然をこよなく愛する気持ちは、玄関のドアを開けた瞬間に早くも伝わってきます。吹き抜けになった階段の2階から1階へと、太陽光がさんさんと降り注いでいるではありませんか。これは植物を育てるために2階に設けている全面窓のサンルームから届く光でした。暖かな陽だまりのおかげで、1階、2階、ともにとてもポジティブな印象を受けます。


「 2階のサンルームでは主に野菜を育てています。家づくりの一番のこだわりは、栽培のための陽当たりでした。以前に住んでいたマンションでもベランダ菜園に挑戦していたのですが、西日だったので、うまく育たなくて。『陽当たりのよい東側に植物を置ける家に住みたい』と希望を伝えて設計していただきました 」

2階に設えられたサンルームは、「緑とともに暮らしたい」と願う藤原さんの譲れないエッセンスでした。階段を吹き抜け状にしているのも、サンルームから透過する太陽の恵みを家のなかに採り込むため。「お金がかかるけれど、どうしても」と押し通したのだとか。
サンルームがある反面、藤原さんのお宅にはベランダがありません。これは「害虫と病気を寄せつけないように」という考えによるもの。
「 マンションのベランダで野菜を育てていた頃、虫に食べられてしまって全滅した経験があったんです。日頃食べるものですから、収穫できないと困りますしね。でも、だからといって農薬をたくさん使うのは抵抗がありました。安全なものを口にしたい。そういった理由で外気に触れるベランダは設けなかったんです 」
緑を育むサンルームは、趣味の域を超えて、命につながる大切な場所だったのです。


漫画家生活に潤いを与えてくれた猫との出会い
藤原さんが家づくりにおいて重点においた、もう一つの欠かせない要素、それは「猫との快適な暮らし」です。藤原さんは2匹の猫を飼っています。もうすぐ1歳になる、木の実のような褐色の子猫「胡桃」(くるみ)と、11歳の白黒猫「銀」。飼った猫には「“和名の色”の名前をつける」と決めているのだそうです。

藤原さんが猫に惹かれるようになったのは2007年ごろ。きっかけはYouTube動画でした。
「漫画を描いていると、むしょうに猫の動画が観たくなって。視聴するたびに『猫との暮らしっていいな~』と憧れるようになったんです 」
のんびりくつろいでいたり、無邪気にはしゃいでいたり、寝姿が優美だったり、自由気ままにふるまう猫たち。締め切りに追われる日々のなか、藤原さんは動画のなかの猫たちに癒やされていました。
そんな藤原さんが猫を実際に飼い始めたのが2010年。「ペット可の物件」を条件に購入したマンションで、念願だった猫との生活がスタートしました。以来、猫がいない人生は「考えられない」ほど掛け替えのない存在となったのです。


「猫がいたからこそ、『自分の家を建てよう』と決意した部分もあります。転居するたびにペット可の物件を探すのは、実際とても難しいと感じたんです 」
キャットウォークありきで家を設計した
キャットウォークを駆けまわるのは、ほとんど子猫の胡桃ちゃん。お年寄りの銀さんは、まるで孫を見守るようにしながら、穏やかに過ごしています。
「 銀は2012年生まれで、2014年に2歳のころに引き取り、今年の7月で12歳になるおじいちゃんです。胡桃はこの家がまさに建ったころに生まれたと言われています。出会ったときは生後5カ月、運命的なものを感じました。『この子とならば、うまくやっていけそうだな』って。キャットウォークを気に入ってくれて、ずっとドタバタ走りまわっています。運動不足に陥ることがなく、改めてキャットウォークを設置してよかったなと思いますね 」


猫の通り道が随所に設けられた大胆な室内設計。橋渡しで連続するキャットウォークの造作には目を見張るものがあります。それでありながら、インテリアと見事に調和し、違和感がまるでありません。猫との暮らしが前提となってデザインされているのです。
「 建築会社さんの施工事例を見せていただいたり、モデルルームを見学したりして、『キャットウォークって、こんなに自然な感じで家に採り入れられるんだ』『ここまでやっていいんだ』と驚いたんです。それで設計士さんに、『リビングにキャットウォークがほしい』と伝えたところ、設計士さんの粋な計らいで壁から壁へつながるデザインが生まれて実現しました 」

執筆に必要なのは集中力。だから仕事部屋はあえて狭くした
1階には、藤原さんの仕事部屋があります。すっきりコンパクトにまとまった印象です。作業机の上にはパソコンが1台。一般的に漫画家の仕事部屋としてイメージされる「アシスタントの机が並び、道具や資料で溢れかえっている」シチュエーションが、ここには見当たりません。
「よく『漫画家の部屋じゃないみたい』って言われます 」
藤原さんは、「あえて仕事部屋を狭くした」のだそうです。それは、自分自身と向き合って出した答えでした。
「うちも以前に住んでいたマンションではアシスタントさんの机がずらっと並んでいました。そのためにかなりの広さが必要だったんです。複数名が動くので動線の確保も考えなければならなくて。
ところが7年ほど前から私はフルデジタルで作画するようになり、道具類が不要になったんです。さらにアシスタントさんともリモートでやりとりできるようになったので、仕事部屋に人を招く必要がなくなりました。
そうなると広さが逆に “居心地の悪さ”や “効率の悪さ”につながるようになりました。広い部屋だと冷暖房に電力がかかったり、無駄に照明が必要だったり、資料や道具を取りに行くのが遠かったり、不便に感じる場合が多くなったんです 」

作画をデジタル化し、アシスタントとのネットワークを構築して以来、がらんとした部屋で一人ポツンと仕事をするのが「つらくなってきた」という藤原さん。その経験から、家を新築する際、仕事部屋をあえて「手を伸ばせば物がつかめる面積」に設定したのだそう。結果、以前にも増して仕事の時間が充実したのだとか。
「 狭い部屋で閉じこもっているほうが集中力は増すし、リラックスできる。それが自分の性分なんだと、改めて気づきましたね。仕事部屋を狭くしたからこそ、私生活とのオンとオフのスイッチを切り替えられる利点もありました。以前に住んでいたマンションはファミリータイプで、人や猫と空間を離して物音が聞こえなくなるほどの隔離感が確保できなかった。そういった不満を解消できて、とても満足しています 」
天井からハンモックを吊るした切実な理由

藤原さんの仕事部屋で目を引くのが、天井から吊るされたハンモックです。家の一部として、ハンモックがはじめから据え付けられています。ハンモックに揺られて過ごすなんてなんとも優雅ですが、常設したのには、実は優雅とは正反対の切実な理由がありました。
「 腰です。デビューして20年、ずっと座りっぱなしの生活を送ってきました。いい椅子を選んではいたのですが、それでも腰痛がひどくなってきて。ストレッチでは間に合わないくらいに痛みがキツくなってきたんです 」
腰痛対策のために、以前に住んでいたマンションでは自立式のハンモックを導入した藤原さん。使ってみると、なるほど腰への負担が劇的に減少しました。以来、ハンモックで横たわりながらiPadで漫画を描く場合も少なくないそうです。
「 椅子とハンモック、どちらも使いながら漫画を描いています。『この作業は椅子』『この作業はハンモックのほうが合っている』と使い分けられて、いっそう仕事に専念できるようになりました。いまは作業の7割をハンモックで行っています 」
レコード店を営む夫との共同生活に必要な「1枚の壁」
1階にはパートナーの仕事場もあります。レコードと古本をメインとしたショップを営んでいるのです。
「 賃貸マンションに住んでいた頃、夫はテナントを借りてお店を営んでいました。だから家賃が2倍かかっていたんです。家を建てるとき、『2カ所に家賃を払うのはもったいないよね』と、店舗併用住宅を選択しました 」

人生初の店舗付き生活。思い切ったおかげで、家賃が半減になったことを筆頭に、たくさんのメリットがありました。職住一体となって通勤時間がなくなり、時間に余裕が生まれたのです。夫婦で食事をともにする機会も増え、以前よりさらにうまくコミュニケーションが取れるようになったそう。
とはいえ、レコードを販売するという業態の性格上、営業時間内はBGMを流すのが必須です。スピーカーから流れ続ける音楽が生活の妨げにはならないのでしょうか。
「これがね、ならなかったんですよ。‟耐火遮音間仕切壁”というシステムを採用したため、音はまったく聴こえてこないんです。生活スペースとはたった一枚の壁だけで隔てているにもかかわらず、音量を上げても、お客さんとの話し声も、まるで耳に入りません。外にも漏れず、ご近所トラブルもないんです。『壁をしっかり作っていただいたおかげだな』と感謝しています 」

藤原さんは間仕切壁のほかに、災害や停電に備えた太陽光発電や化学反応で発電する燃料電池、お風呂上がりに浴室内に次亜塩素酸を噴射して自動洗浄するシステム、自動洗浄のレンジフードを採用するなど、見えない場所にもこだわり抜きました。その甲斐があり、省エネや時短などの効果は絶大だそうです。
「後悔したくなかったから、ストレスを感じる要素がなくなるように、細部まで検討しました。家づくりの参考にしたのはYouTubeの比較レビューです。リフォーム業者さん、トイレの専門家、家具のバイヤーさんなどが比較動画をアップしてくださっていたので、事前に情報を収集できました。『自分が使ったらどう感じるか』をリアルにシミュレーションできたんです。もしもYouTubeを視聴せずに家を建てていたら、たくさん失敗していたかもしれません 」

和室のゲストルームにも変身する自由度が高いLDK
2階にあるのは広々としたリビングダイニングキッチン。自然を愛する藤原さんの好みを反映し、床には無垢(むく)材、天井にも木の素材が使われています。ナチュラルで柔らかな雰囲気。ここにいるだけで心がほどけてゆきます。
「家の中にいても自然に触れられる‟木を感じるリビング”にしたかったんです。天井も当初は壁紙を貼る予定だったんですけど、『木を使えませんか』とお願いして、変更しました 」

自然に触れられるという点では、部屋の明るさも、自然界の摂理にのっとっています。
「 家を建てるなら、『夜を暗めに過ごしたい』という希望がありました。昼間は自然光で明るく、夜は暗くなるように、天井の照明はかなり減らしたんです。『こんなに減らすと夜はだいぶ暗いですが、大丈夫ですか?』と設計士さんに心配されたくらい。それでも、リラックスできる方を選んだんです 」

キッチンは壁付けタイプ。IHとガスのハイブリッドコンロを用い、スキレットはガス火を使うなど料理によって柔軟に使い分けています。
「 壁付けにして地続きにしたのは、『キッチンに立つ人を孤独にしない』という意図があったからです。キッチンが別室に分かれていると、どうしても『そっちはあなたのエリアです』になってしまいがちなので。ダイニングと壁付けキッチンがここまで近いからこそ、『ちょっと手伝おうか』が通りがかりで気楽にできる。来客があっても、皆でワイワイしながら入れ代わり立ち代わり遠慮なく楽しんで使える。壁付けにしたことで、コミュニケーションがシームレスになりました 」

シームレスという点では、洋間に畳敷きの小上がりがあるのも、おもしろい造りです。日本家屋の縁側感覚で座れたり、間仕切りをすれば、なんとゲストルームに変化したりするという、自由度が高いスペースとなっています。

「 我が家一番の自慢と言って大げさではない、お気に入りの場所です。家が完成した時は真っ先にここに寝転びました。手足をグンと伸ばして『最高だな~』って、しみじみ感じましたね。私の父が泊まりにきたときは、ここを和の寝室として使ってもらっています。畳のエリアを設けると本当に便利なんですよ 」

「家に何を求めるか」。1年かけて自分と向き合った
そうして完成した、細部にまでこだわり抜いた家。初めての一戸建てづくりに挑んだ藤原さん。最後に、そのモチベーションの源泉は、どこにあったのかを伺いました。
「 この家を建てるとき、『いかにリラックスできるか』を第一に考えていました。これまで、『照明はどうしようか』などを深く考えてはいなかったし、夫も『夜露さえしのげればテントで暮らしてもかまわない』というくらい家には無頓着な人。
けれども、家に何を求めているかをはっきりさせなければ、理想からどんどんぶれていくと思ったんです。そうならないために、『私の好みって何だろう』とじっくり考えて、慎重に取り組みました。1年かけて自分の内面と向き合ったからこそ、最高の住み心地を手に入れられたんだと思います 」
猫と緑に囲まれた、ほっこりできる家。そこに至るまでには自分と対峙し、理想を現実のものとする強い意志があったのです。漫画と同じく、家づくりもまた、とてもクリエイティブな作業なのだと取材を通じて改めて感じました。
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お話を伺った人:藤原ヒロさん
2004年、和泉ヒロ名義にて投稿した『帰り道、雪の熱』が月刊LaLa(白泉社)第145回「LMSベストルーキー賞」を受賞。のちに同誌で『会長はメイド様!』の連載を開始。放課後はメイド喫茶でアルバイトする生徒会長という設定が共感を呼び、アニメ化されるなどヒット作となった。 以来『ユキは地獄に堕ちるのか』『月島くんの殺し方』など多くの作品を発表する。
X (旧Twitter):@fuji_hiron Instagram:@fuji_hiron 公式サイト:https://zero.mods.jp/聞き手・文:吉村智樹
写真:出合コウ介
編集:SUUMO編集部