人間も猫や犬も、すべてが満足して暮らせる家が理想です。とはいえ、トイレ・無駄吠え・引っ掻き傷などなど……共生する上では避けて通れない問題が多々あります。そんな悩みと向きあってくれるのが、設計事務所Fauna+DeSIGN(ファウナ・プラス・デザイン)代表の廣瀬慶二さんです。「ファウナ」とは英語で一定の範囲に生息する動物の総体という意味。家づくりにおいて、動物を家族の一員としてプラスしてデザインしています。ペット共生住宅の設計に多くの実績を誇る廣瀬さんは、人呼んで「犬猫専門建築家」なのです。
そんな廣瀬さんはご自身も2021年に家族3人と保護猫2匹、犬のジャック・ラッセル・テリアが1匹、さらにたくさんの魚と暮らすマイホーム兼オフィスを建築し、ペットの室内飼いを実践しています。
- どんな豪邸でもペットとの共生は難しい
- 猫を退屈させないために“家の中に都市をつくる”
- 猫の引っ掻き傷は壁紙や生地選びで防ぐ
- 犬は刺激を与えると「仕事」をしたくなる
- ペットのトイレは家の一部として設計する
- ペットのバリアフリーは人間のためでもある
どんな豪邸でもペットとの共生は難しい
ペット共生住宅の第一人者として海外でも名を馳せる廣瀬慶二さんは、大学院では建築と人の行動学を研究し、家の設計に動物行動学・行動分析学を採り入れている建築士です。生まれた頃からペットとともに過ごし、「家に動物がいるのが当たり前の環境だった」と言います。そんな廣瀬さんがペット共生住宅に本腰を入れようと考えたきっかけは?
「若いころ働いていた建築設計事務所で、たくさんの豪邸を設計させてもらいました。でも、いくら高級な住宅を建てても、まだ家と動物の関係を深く考える時代ではなかったため、大きな檻が部屋を占拠していたり、家の中がぐちゃぐちゃになっていたりするケースが多かったんです。『このままではせっかくの家が台なしになるし、動物がかわいそうだ。ペットも飼い主も不幸になるこの状況はなんとかしなきゃいけないな』と、ペットとの共生に特化した設計事務所を設立したんです」(廣瀬さん、以下同)
そうして2002年に法人化したファウナ・プラス・デザイン。2002年頃といえば時代もまた環境省が告示した「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」における猫の完全室内飼育の推奨や、犬も散歩以外は屋内で飼う人が増えるなど、ペットにまつわる住文化が大きく変化するタイミングでした。「時代が変わる前兆を感じた。それも設立のきっかけとなった」と廣瀬さんは振り返ります。
猫を退屈させないために“家の中に都市をつくる”
ここからは犬猫専門建築家である廣瀬さんに、ペットと幸せに暮らす家を建てるためのポイントをお伺いしました。先ずは、猫が快適に暮らせる家づくりについて、紹介します。
「猫に精神的負担を与えないためには“猫を退屈させない空間づくり”が必要です。猫は退屈や過密を発端としたストレスを感じると、決められたトイレ以外でおしっこをする傾向があります。病気になってしまうこともありますし、なかなか状況を改善できないんです。ですから、家づくりの最初から猫を退屈させない仕組みをきちんと設計しておくとよいでしょう。そして猫と人が過ごす時間をもっと良質にする空間づくりが大切だと思います」
「猫を退屈させない空間づくり」。2000年以前の猫は家の外を気ままに巡回したり屋根に登ったりするなど、世間が外出を大目に見る風潮にありました。猫たちは外部からの刺激を受けながら暮らしていたのです。猫の健康と安全、生態系や近隣への配慮のため完全室内飼育が共通認識となった今、屋内でも退屈しない仕組みが不可欠になりました。
「猫を退屈させないためには、“家の中に都市をつくる”を心がけましょう。つまり、家の中を街並みのように感じさせる工夫ですね。上下運動ができて、高いところから下界を望める見晴台があり、さまざまな場所へ移動できる道がある。そういった“家の中の都市計画”が必要です」
猫の上下運動を可能とし、景色のいい場所を選択できる、それを実現できる一つの方法が「キャットウォーク」です。猫を飼う前提で家づくりをするならば、キャットウォークはぜひとも取り付けたいところ。とはいえ、単に猫の歩道を設ければいいわけではありません。
「キャットウォークの両端は必ず床に降りられる構造にしましょう。猫は『眺めがよい場所へ移動したい』『他の猫と距離をとりたい』『トイレへ行きたい』『自分の食事場所へ向かいたい』など、目的があって歩くので、行き止まりがあると困ってしまうのです。猫にとってキャットウォークはあくまで道、移動手段ですから」
行き止まりがあると猫の居心地が悪くなるキャットウォークは、道幅も余裕をもったほうがよいのだそうです。
「キャットウォークの上で寝そべる、佇むといった行動を考えると道幅は広い方がいいですね。25cm以上ほしいです。多頭飼いの場合、猫同士がすれ違えないと喧嘩になりますからすれ違える幅がなければいけません」
キャットウォークに備えてほしいもう一つの要素、それは「窓」。猫を退屈させないために、窓は重要な役割を果たします。
「猫が外界に触れられる場所といえば、窓です。窓は人間にとってのテレビの画面みたいなもので、たくさん窓があると見える景色が異なる。さらに窓の高さを変えてみたり、ちょっと角度がついていたりすると、テレビのチャンネルが増えるんです。つまり、キャットウォークから見える小さな窓がたくさんあるといい。その方が猫は退屈せず、喜びます。キャットウォークに限らず、部屋には大きい窓がドカッと一つあるよりも、猫用の窓がたくさんあるほうが良いです。私はいつもそう設計しています」
キャットウォークがつけられない場合、キャットタワーで上下運動をさせる方法があります。そしてキャットタワーも、設置場所はどこでもいいわけではありません。
「猫は目的や理由がない行動はあまりしません。キャットタワーを登ると家具の上へ行けるとか、家具に登って横移動が可能になるとか、登った場所に窓があるとか、眺めがとてもいいとか、猫にとってのメリットが大事なんです。よく『キャットタワーを購入したけれど猫が使ってくれない』という声を聞きますが、登った先に楽しみがなかったら、猫が興味を示さないのは当然です」
家の中が都市のように上下左右・高所低所さまざまな場所へアクセスできる。移動することで環境が変わる。それが猫を退屈させない秘訣です。でも、どうすれば“猫の視点から見た景色”を理解できるのでしょう。
「よい方法があります。スマホで動画を撮影するんです。家具の上などをスマホで撮影していくと、猫が見ている景色がわかりますよね。そして『あの窓までの道がないから新たにつくってあげよう』というふうに部屋のレイアウトを変えるアイデアも湧いてきます。そうやって家の中に都市を構築するつもりで配置などを変えてゆくと猫の動きが活発化する。猫は退屈しないし、運動不足による肥満も解消されると思います」
猫の引っ掻き傷は壁紙や生地選びで防ぐ
猫を飼う上での、もう一つの大きな悩みが「引っ掻き傷」です。壁や家具に爪をたててしまう。「どうせ汚されてしまうんだから」と内装仕上げのセレクトにも心のブレーキがかかってしまいます。猫の引っ掻き傷に対して事前に対策できることはないのでしょうか。
「引っ掻かれる壁紙って、表面がふわふわ、ぼこぼこしていて柔らかいものが多いんです。あれは猫が爪を研ぎたくなるんですよ。一度爪をたてて、うまく刺さったという経験があると、『ここは爪が研げるな』と判断し、行動を繰り返す。ですから自分の設計では、とても薄くて傷に強い壁紙を使います。そうすると、猫にしてみると、つるつるしていて爪がたたない。“引っ掻き甲斐”がないんです。引っ掻く理由もなくなり、何もしなくなります。猫は理由がない行動はしないので」
爪が引っかかった成功体験が、ここは爪研ぎ場だと認定させてしまうのですね。
では、家具はどうでしょう。特に椅子、クッションなどは引っ掻くターゲットになってしまいがちです。
「私は『気にせず、いい家具を買いましょう』と言っています。ファンシーな猫用のベッドを買うよりも、おしゃれな椅子や1人掛けソファのほうを猫はなぜか好むように思います。良質な家具で猫が眠っている姿などは見た目にもいいですしね。グレードの高い家具なら張生地をオプションで選べますから、引っ掻きに強いペット用の生地を選ぶことができます」
犬は刺激を与えると「仕事」をしたくなる
続いて、犬が快適に暮らせる家づくりについて、お伺いします。
「犬は猫と違い、不要な刺激を少なくすることが大事です。窓も犬の目線からは外が見えない位置に。刺激は散歩のとき、飼い主と遊ぶとき、一戸建てだったら庭に出してあげるときだけでよいです。というのも、刺激があると犬は仕事をしたくなるんですよ。それで落ち着かなくなる。例えば家の前をバイクが通るたびに吠える犬がいますよね。あれは飼い主にバイクが来たことを知らせようとしているんです」
廣瀬さんは以前「家の中で犬の問題行動が多く、建築でどうにかならないか」という相談を受けました。解決策を探るべく24時間ビデオカメラを回し、人間が留守の間、犬がどう過ごしているのかを観察したのです。すると犬は飼い主の留守中、とても静かに過ごしていたのだとか。吠える、暴れるという行動は人間の目には問題だと映りますが、犬なりに仕事をし、飼い主に自分が気づいたことを知らせようとしているのです。
では、犬に刺激を与えず、かつ吠え声を屋外に漏らさないようにするためには、どのような策を講じるべきでしょう。
「遮音性を高くするために、重くて厚い壁にすることですね。理想は鉄筋コンクリートですが、木造の場合は昔ながらのモルタル塗りがオススメです。窓は二重窓やトリプルサッシなどにするとよいでしょう。
断熱と遮音はほぼ比例関係にあります。『建築物省エネ法』の改正で2025年4月以降は断熱性能の基準を満たさない家を建てられなくなり、高性能な窓を入れることが多くなってきたので、遮音効果もあがるはずです。外の音を遮断できれば、吠える理由がなくなります」
断熱性能があがると、遮音効果もアップする。これからは犬とよりいっそう穏やかに暮らせそうです。
それでも吠えたり、乱暴な行動をとったりする犬がいたとして、建築で解決できる部分はあるでしょうか。
「例えば廊下など、家の中で犬と直線6メートルの距離が取れる空間があるといいですね。“遠隔”といって、『飼い主が離れた場所から指示を出して犬が言うことをきけるか』というトレーニングがあります。すぐ目の前にいる状態で合図を出せば言うことをきく犬も、6m離れると急に指示に従わなくなる。近くだったら制止できても、離れると制御不能になる場合がよくあります。そのためにトレーニングが必要になるんです。家づくりの段階で、この6mを確保した設計をする方がよいでしょう」
お聞きしていると、猫に比べて、犬の室内飼育のノウハウはまだ一般に行き渡っていないように感じました。
「そうなんです。犬を室内で飼う歴史が浅いんですよね。ドッグフェンスも多くは人間の赤ちゃんのためのベビーフェンスのように仮設なので、耐用年数が低い。しかし実際は20年以上、犬と一緒に暮らすわけです。家づくりにしっかりと取り込み、建築の段階から本設にしていくべきでしょう」
ペットのトイレは家の一部として設計する
猫や犬と暮らす上で大きな課題となるのがトイレです。ペットのトイレの設置場所を誤ると、排泄で家の中が汚れてしまったり、臭いを発したりする原因になります。これらの問題は、どのように対処するのが望ましいのでしょう。
「人間のトイレと同じように、猫や犬のトイレをはじめから計画し、設計しておくべきです。同じ家の中で、20年以上ともに暮らす可能性があるのですから。それなのにペットのトイレだけが簡易式で、空いている場所にポンと置くだけだなんて、おかしいですよね。どこに置いても納まらないし、廊下に置いておくと蹴とばしてしまう危険性がある。かといって人目につかない場所だと、不潔な状態のまま放置してしまう不安もあります。猫や犬のトイレの場所を考えずに設計するからそうなるんです」
人間のトイレは設計図に書きこむのが当たり前。しかし「犬や猫のトイレを設計図に盛り込む発想はなかった」、そういう方は少なくはないのではないでしょうか。ではいったい、家のどの場所に、どのようなトイレを設けるのがよいでしょうか。
「1日に必ず数回は家人の誰かが前を通る場所に設置するのがいいですね。そうすると汚れていないかをまめに確認できるし、すぐに掃除もしてあげられます。私の場合、人がトイレに向かう動線上か、リビング内の目立たない場所に設定します」
人がトイレに向かう動線上にペットのトイレを据える。確かに、そうすることによって目配りができて清潔度があがるでしょう。そのうえに、「猫や犬も家族としてともに生きる」という感覚がよりいっそう育まれるように思います。続いて、臭いの問題はどうすればよいでしょうか。
「これも人間と同じで、換気扇を設置することで解決できます。特に犬の糞尿は臭いが強いですから、床から高さ30cmのところに換気扇を設け、24時間回しっぱなしにする。こうすることで、人の鼻の高さまで臭いが上がってこなくなり、問題はほぼ解消しますね」
床から高さ30cmの場所に換気扇、これもまた家づくりの固定観念を覆される発想でした。
床材にも清潔に暮らせる工夫があるのだそうです。
「床の溝を少なくすることが大切です。フローリングを選ぶのであれば、フローリング調床材と呼ばれるシート張りのものではなく、板の幅が広い本物の木材が滑らないですしよいですよ。また、猫はよく吐きますし、犬も完璧にトイレトレーニングができていても、何かの拍子に床でおしっこをしたりする場合があります。そうすると吐しゃ物や排せつ物などが溝に入ってしまう。板が幅広ならば、溝の本数が少なくなりますから汚れが減ります。実際だいぶ違うんですよ」
トイレとともに重要なのは、水飲み場です。水は生き物の命の源であり、なくてはならない場所です。そして廣瀬さんは「家づくりの際には水飲み場もあらかじめ設置すべきだ」と考えます。また、設置場所にも独自の見解がありました。
「一般的に家の中で水が出る場所はキッチンか浴室・洗面脱衣所、人間のトイレになります。私はペットの水飲み場は、それらから離れた場所に設置した方がよいと思うんです。特に浴室・洗面脱衣所に近づかせてはいけません。誤って浴槽に落ちて溺れたり、洗濯機に入り込んでしまったり、トラブルが多いんですよ。ではキッチンがよいかというと、そうではない。人間の動きが激しい場所なのに制約が生まれてしまいます。水が出せる場所を別に設けると、双方ともに安心感が高まりますね」
ペットのバリアフリーは人間のためでもある
ペットと暮らす日々は、ともに生き、ともに年齢を重ね、ともに老いていくということでもあります。いつかお年寄りになる猫や犬のために、事前にどのような対策が考えられるでしょう。
「ペットだって人間と同じでプライドがあります。自分の老いを認めたくない気持ちがあるみたいなんです。猫だったら、若い頃は高い場所へ楽々と登れたのに、次第にできなくなる。それがとても悔しそうに見えます。ですからキャットウォークを設置する場合は、ぴょんぴょんと飛び跳ねて動ける段差と、高齢になっても歩いて行ける緩やかなルートの2種類があるのが理想でしょう」
犬の場合は、さらに人間に近いバリアフリーが必要なのだそうです。
「犬は足腰が弱くなってくると段差が苦手になります。家の中に大きな段差がない方がよいですね。犬も猫も人間より先に老いるのですから、彼らは未来の自分なんです。ペットを観察し、彼らが困難に感じている箇所があれば、障壁を取り除いてあげる。床がつるつるすべって歩きにくいようなら、何かを上から敷くのではなく、思い切って床材を変える。床の張替え工事なんて数日あればできますから。そうすると、いつか自分が老いた日にもそれが役に立つでしょう。ペットのバリアフリーはそんなメリットもあるんです」
ペットたちは、シニアになる私たちに先んじて経験し、手本を見せてくれる水先案内人のような存在なのかもしれません。
廣瀬さんが考えるペット共生住宅は、猫や犬、生き物たちを“ともに永く暮らす家族”“人生の伴侶”と捉えた、温かなものでした。猫や犬がストレスを感じることなく伸び伸びと暮らし、人間もまた健やかに生きて、どちらも歳を重ねてゆく。家づくりの構想や設計図の中にそんな視点がちゃんと入っているか、改めて検討してみてはいかがでしょう。設計図は、家族が幸せになるための未来図でもあるのです。
お話を伺った人/廣瀬慶二さん
1969年 神戸市生まれ設計事務所Fauna+DeSIGN代表。一級建築士、一級愛玩動物飼養管理士。ペットの飼育に適し、動物の福祉向上のための住宅を創造している。著書に『ペットと暮らす住まいのデザイン』『猫がうれしくなる部屋づくり、家づくり』などがある。
X (旧Twitter):https://x.com/faunaplusdesign
公式サイト:https://www.fauna.jp/
YouTube:https://www.youtube.com/user/catshousejapan
聞き手・文:吉村智樹
写真:出合コウスケ
編集:SUUMO編集部
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